料理はライブ。生きている。
「丸い卵も切りようで四角」
先日、初めて知ったんです。このことわざ。
意味をググると、
「丸い卵も切りようで四角」とは、
同じ内容でも言葉の言い方ややり方次第で、
円満(丸く)にもなれば角も立つ(四角くなる)という意味のことわざです。
物事の扱いや伝え方における工夫の重要性を教える教訓です。
このことわざの主なポイントは以下の通りです。
意味: 丸いものでも切り方次第で角ができるように、物事は対応次第で良くも悪くもなること。
教訓: 穏やかに話せばスムーズにいくことも、悪い言い方をすれば角が立つ、という注意。
類語: [ものは言いようで角が立つ]
コミュニケーションにおける伝え方の大切さを説く際によく引用されます。
つまり、
「伝え方が9割」みたいなもの。
【伝え方にはその人の心が出ます】
つまり、悪意的であれば悪意が出ます。
好意的であれば好意が出ます。
攻撃的であれば攻撃的になります。
やさしい人はやさしくなります。
これを活用して、
心を変えるっていうのはいいよね。
頭で考えて、伝え方を変えると、心も変わっていく。
「この料理、おいしいんだけど、盛り付けがいまいちだよね。」
って言われると、ちょっと否定的で嫌な気持ちになる人もいるけど、
「この料理、おいしいね。盛り付けの工夫次第ではもっとおいしくなる気がしない?」
と言われると、
「お、そうか。ちょっと考えて工夫してみようかな」
っていう気分になるじゃない。
「この料理、おいしいんだけど、盛り付けがいまいちだよね。」
って言っている時には、否定的な心が強く表現として出ている。
「この料理、おいしいね。盛り付けの工夫次第ではもっとおいしくなる気がしない?」
の場合には、相手を喜ばせたい心や、相手の成長を想う心が表現として出ている。
さらに突っ込んで考察すると、
「この料理、おいしいね。盛り付けの工夫次第ではもっとおいしくなる気がしない?」
こちらは「相手のことを想って伝えている」
一方、「この料理、おいしいんだけど、盛り付けがいまいちだよね。」は、
「自分の考えや判断の主張」だよね
どっちの心で生きるのがいいかは、
自分で決めることだけど、
あなたはどっちの心の自分が好き?
相手を想うって気持ちを忘れないように、
今日も料理を作ります。
八王子無添加日本料理レストラン≪だしの和食 あじなお≫
店主 打味 直
p.s.
料理だけでなく、店づくりにも相手を想う気持ちが出ますよね。
私は、お客様をまとめてひとくくりにしないで、
相手(その人その人それぞれ)っていう考え方と接し方がいいなと思っています。
だから、その時の相手(お客様)とその時の自分のフィーリングで、
コミュニケーションや盛り付けも変わります。
まさに「料理はライブ」
だね。

≪だしの和食 あじなお≫のメニューはこちらから

